希望と全然違う仕事をしながら、何やら楽しそうに働いている人が結構いるマヨ。

会社としてやっていることと、社員個人としてやっていることは違う

宇宙人
まずは入社と配属がどんな感じだったか教えて欲しいマヨ。
N・S
大学生の頃は、個人で外車を仕入れてきて、バブルを謳歌してる当時の大人たちに売りまくる商売をしてました。水球部でわりとガッツリスポーツをやってたんですけど、バスローブ姿でアルファロメオのオープンカーに乗って部活に行ったりしてて、派手な学生生活だった気がします。商売自体も楽しかった。けれど、結局その輸入車販売業も、相手にできるのは自分の身の回りだけなんですよね。自分の知恵とクリエイティビティでもって、広く世の中にビジネスを仕掛けていきたい。そしてそれを実践してる広告クリエイターってちょっとクールだなと思って、今の会社に入りました。採用面接の時も、かなり熱く想いを語りましたね。で、配属はマーケティング局。あの話完全スルーかよ!って思いましたね。パソコンでカタカタ市場分析とかして、それが一体何になるの?俺だったらもっと面白いCM作れるのに!って憤ってましたね。会社としてやってることと、それを分業してる社員個人がやってることは必ずしも一致しないっていう、普通のことにその時初めて気づきました。

あっという間に腐って、会社のお荷物に

宇宙人
配属後はどうなったマヨ?
N・S
どんどん落ちこぼれてきましたね。エクセルなんてそれまで触ったことすら無くて、本当に何もできませんでした。そのくせ、先輩が作った資料にも、何の面白みも感じなくて、先輩のいる会議の場で、「そんな周知の事実を並べただけの分析なんて分析って言わないし、何の発見も無い」って言っちゃったんですよ。まあ干されましたよね。
宇宙人
バカなの?
N・S
ええ。今振り返ってもそう思いますけど、当時はこんなはずじゃなかったって腐ってたので、能力もろくに上がらないし、そっから7年間、マーケ職として色んな部署をたらい回しにされました。ことごとく、プロジェクトやチームから外される。完全に会社のお荷物でした。

人が通らない回り道こそ、武器になる

宇宙人
そこからどうやって挽回したナノ?
N・S
当時ただ一人、僕の可能性を信じていてくれていたある役員がそんな僕を見るに見かねて、職種を変えてみたら?と声をかけてくれたんです。マーケ職をやめて、CMプランナーになりました。当時としては異例のキャリアでした。そこから先は、水を得た魚みたいに、自分が作りたい受け狙いCMを考えては、自分の人脈で仲間をつかまえ、クライアントをつかまえ、量産してましたね。視聴者からの反応は良かったりするんで、だんだん金額の大きい大手の案件とかもやらせてもらえるようになったんですけど、そこでふと気づいたんです。CMって面白いだけじゃダメなんじゃね?って。巨額の投資をして、消費者がただ「面白い」って言うだけのCMを作ったって、必ずしも「じゃあ買おう」とはならない。笑えるキャラクターが住宅メーカーのCMに出てくるからって、面白いからそのメーカーで家作ろうってなるわけないじゃないですか。ビジネスを変える、マーケットを動かす広告を作るべきだし、作りたいと思ったんです。そういうビジネス感覚を持ってCMを作ってる上司や先輩も皆無。マーケ時代、嫌々ながらも一応市場分析とかマーケティング戦略設計とかをしてたんで、自分にはそれができる。マーケターとしてはダメだったかもしれないけど、マーケターとクリエイターのハイブリッドって、めちゃめちゃオリジナルな武器になるって確信しました。実際、アイデアがどんどん通って、コンペも13連勝とかして、職階も上がって行きました。クリエイティブ・ディレクターの中でも部長職クラスに相当する役職に、当時としては最年少で到達しました。
宇宙人
じゃあマーケ職を経験したことは、後悔はしてないマヨ?
N・S
全く。マーケ職当時はとんでもない回り道、というかただのコースアウトをさせられたと思っていましたけど、それが誰も通らない回り道だったからこそ、誰も持ってない武器になりました。強いて言えば、「この辛い時を、いつかものすごい武器にしてやる」と当時から意気込んでたら、さらにパワーアップが早かったかもしれません。自分が納得のいかない境遇に追い込まれたら、それをいかに自分の武器や資産に変えるかに心血を注いだ方が、よっぽど幸せになれるんじゃないですかね。

抗いきれない環境に抗うより、それを自分の力に変えていく、そしていつか環境自体を変えていく。そんな合気道のような働き方も素敵だと思ったマヨ。

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