建築会社課長のメッセージ:“やりがい”のリアル。

カネのために働いて何が悪いゼニ?仕事なんだから、それくらい割り切らないと。今回は、現場とマネジメントの狭間のザ・中間管理職、世の課長たちに、仕事をどう捉えてるかきいてみたゼニ。
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大企業の課長クラスって、学生が思ってる以上に権力者って聞いたゼニ。やっぱり若い頃から、バリバリ出世して、バリバリ稼ごうと思ってたゼニ?

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某大手建築設計事務所 T.O(40歳)

ええ、思ってました。でも新入社員時代にいきなり出鼻をくじかれました。建築学部を出て意気揚々と会社に入った私の上司は、「お前のアイデアとかいらないから、言われたことをキッチリやれ」と言うタイプだったんです。だから最初のうちは、本当に雑用ばかりで嫌でした。ですが、自分が部下を持つ立場になった今は、逆に「その通りだな」と思い直しました。新人は納期内に、先輩や上司が指示した仕事をキッチリ完遂することが重要で、正直、創意工夫も、提案も、求めていません。だって超ロークオリティなんですから。先輩や上司が雑用をやるよりも、新人がやったほうが会社全体としても最適化されます。数年もすれば、その関係が逆転する可能性は十分ありますが、最初の1年は、ただの思い上がりです。

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辛辣ゼニ。でもそんなの辛かった過去の腹いせゼニ?

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某大手建築設計事務所 T.O(40歳)

そう誤解されるリスクはありますが、結局、何もできないうちに「俺が俺が」の精神で仕事をしていると、自分で自分の学ぶ機会を減らしてしまうんですよ。それに、会社は学校じゃありませんから、バッターボックスは公平に回ってはこない、しかもバッターボックスに立たせる采配を決めているのはシステムじゃなくて人間。先輩や上司です。彼らが喜ぶこと、彼らのために何かする方が、最終的には自分のためになるんです。
もう一つ言えるのは、意外と人間って、自分の欲望のために頑張るのには限界があるんですよ。

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どういうことゼニ?

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某大手建築設計事務所 T.O(40歳)

もっとお金が欲しいとか、モテたいとか、偉くなりたいとかっていう個人の欲望に支えられたモチベーションって、ものすんごい負荷がかかったとき、結構簡単に崩れちゃうんですよ。だって、「やりたい」っていう気持ちは、自分一人のさじ加減で撤回できちゃうわけですから。例えば睡眠時間は3、4時間で、起きている間の時間はすべて仕事に奪われるとか、血尿が出るくらいプレッシャーがかかるくらい仕事に対して、「そうまでしてお金いらない」とか、「そこまでやらなくてもモテそうだからいい」とかって満足しちゃったら、やり切らなくてももうそこで終わりなんですよね。例えば自分にものすごいコンプレックスがあって、そこから強い欲望のエネルギーが発生しているならまだしも、そこまで強い欲を持てる人はそうそういません。
反対に、自分以外の他者のためにやりたいと一度心から思ったことは、そこに相手がいるわけですから、簡単には撤回できません。生活をかけている取引先の社長、不便や困難を強いられている生活者、尊敬する上司、なかなか育たない部下…。どの他人でもいいですが、彼らのために頑張って成果を出せば、彼らの喜ぶ顔や、感謝や、誇れる自分といったものが確実に帰ってくる見通しが立つわけですしね。無形の報酬が。あえて損得の問題に落とし込んで言えばですけど。

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カネのために頑張ったっていいはずゼニ…。

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某大手建築設計事務所 T.O(40歳)

もちろんいいですよ。否定はしません。ただ、極限状態に追い込まれるほどのハイレベルなミッションを超えて行こうとするならば、モチベーションの源泉を自分の外の方に置いた方がラクだな、というのが、この歳、この立場になって得た強い実感なんです。課長として言えば、自分が案件を失敗させれば、着いてきてくれた部下の評価まで下がってしまう。彼らのアイデアと頑張りが報われるかどうかは自分にかかっています。そして、その先で得られる絆と幸福感は、お金では買えません。だから彼らのために頑張りたいと素朴に思えるんです。そういう、本来どうでもいいはずの「他人」のために頑張りたいという気持ちを、人は「使命感」と呼ぶんじゃないですかね。

調査結果|自分にとって損か得かばかりを考えていると、かえって損をしそうゼニ。どうやら他人のために何かをするっていう働き方は、意外と魅力的ゼニ。